あの永井秀樹選手が東京Vに復帰




永井秀樹選手(43歳)が東京Vに復帰することが30日分かった。このニュースを見たとき、えっ?あの永井秀樹選手と目を疑った。まだ現役を続けているとは誰も思っていなかったのではないだろうか…

私には記憶に残っている選手の一人だ。Jリーグ開幕時からの選手で、特に印象に残っているのはラモス瑠偉三浦知良などとともにヴェルディ(現東京V)の黄金期の印象だ。特に中盤のボールキープは印象に残っている。ラモス瑠偉三浦知良などと南米サッカーの様な細かいパス回しは特に印象深い。

チーム若返りをしたのになぜ永井秀樹選手を入れるのかが少し不可解。記事には1,000万円のスポンサーが付いたからと書いてあるが、かつては名門だった東京Vが1,000万円に目がくらんでしまうほど資金難なのか?そんなお金も集められなくなったのか…いずれにしても東京Vはチーム力もなくなり、クラブ経営力もなくしてしまったのか…あの全盛期の東京Vをもう一度見てみたい。

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永井秀樹(ながい ひでき)選手プロフィール

永井 秀樹は大分県出身のサッカー選手。長崎県立国見高校卒、国士舘大学中退。ポジションはMF。永井篤志は実弟である。 甘いマスクで人気を博した。ちなみに幼少期に鹿児島県に移住したため、弟とは出生地が異なる。

生年月日: 1971年1月26日 (43歳)
生まれ: 大分県
身長: 175 cm
体重: 69 kg
ポジション: ミッドフィールダー

1992年にヴェルディ川崎に入団。
1995年にジャパンフットボールリーグの福岡ブルックス(現・アビスパ福岡)に移籍。翌年に清水エスパルス、翌年に再びV川崎、
1998年に横浜フリューゲルス、翌1999年に横浜F・マリノス
2001年に東京ヴェルディ1969など様々なチームを渡り歩く。
2002年に東京Vから戦力外通告を受けて解雇され、しばらく無所属状態が続いたが、
2004年に大分トリニータに入団する。しかし2試合に出場したのみで再び戦力外通告を受ける。
2005年6月にFC琉球と契約。
2006年はJ2降格になった古巣東京Vに復帰し、東京Vでのかつてのチームメイトであるラモス瑠偉監督のもとJ1昇格を狙った。スタメン出場こそほとんどないものの、ここぞの場面で流れを変えるスーパーサブとしてラモス監督からの信頼を得た。
2007年に発足した日本フットサルリーグのバサジィ大分の取締役兼スーパーバイザーに就任。
2008年、ヴェルディ側のフロントと対立し、自身のブログでヴェルディ退団を発表。
2008年6月25日、自身のブログと地元沖縄の新聞で古巣・FC琉球への復帰を発表した。なお、FC琉球では毎年自身の年齢を背番号にしている。
2010年8月にモデルの笹川寿里と入籍したことを発表。
2013年シーズン終了後、FC琉球を退団した[1]。

ウィキペディア

東京V 43歳永井秀樹を獲得!若返りに逆行も5度目の入団
J2東京Vが昨季までJFL琉球でプレーしていたMF永井秀樹(43)を獲得することが30日、明らかになった。

 Jリーグは28日に登録期限を迎えて移籍ウィンドーは閉まったが、永井は所属チームがないため登録に支障はない。

 1992年に国士舘大を中退してV川崎(現東京V)入りした永井は、移籍を繰り返しながら97年、01年、06年と過去3度復帰して通算8年間プレー。今回は08年以来6年ぶり4度目の復帰、5度目の「ヴェルディ入団」となる。

 東京Vは急激な若返り方針と資金難により、昨季チーム最多の11得点をマークした元日本代表FW高原直泰(34)を開幕から3試合連続ベンチ外の末、J3相模原へレンタルで放出したばかり。

 今回の永井獲得は若返り方針に完全に逆行するが、永井の加入を条件としたスポンサー(年間スポンサー料1000万円=金額は推定)がつくことになったため、クラブ幹部が獲得を決めた。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140331-00000003-spnannex-socc

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