本田圭佑の前に名門ACミランの背番号10だった男達




ACミランに移籍した 本田圭佑選手。歴代のACミラン背番号10にはどんな男達がいただろう。

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ジャンニ・リベラ(Gianni Rivera)
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60年代から70年代に攻撃の中心として活躍した。15歳288日でセリエAデビューを果たしたセリエA歴代2位の年少記録。2度の欧州制覇、3度のスクデットなどチームを数々の栄冠に導いた。69年にはバロンドールを受賞。クラブ歴代4位の658試合出場、歴代3位の164ゴールを記録している。2004年にペレが選んだ「偉大なサッカー選手100人」(FIFA 100)の一人に選出された。

ルート・フリット(Ruud Gullit)
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ACミランが国際的な知名度を一気に高めたのが80年代の後半。87年に当時世界最高額となる移籍金でミランに加入。91-92シーズンの無敗優勝を含む3度のスクデットを獲得している。フリット以来、ACミランのエースナンバー「10」といえば外国人ナンバーワン選手が背負う番号として定着。188cmという体を生かした大きなドリブルと豹のようにしなやかで俊敏なプレーヤー.リベロからセンタフォワードまでこなしどこのポジションでも世界一流のオールラウンダー.ドレッドヘヤーと髭で当時のサッカー界の寵児だった.ファン・バステン,ライカールトとともにACミランの栄光の時代を担った.欧州最優秀選手1回。

デヤン・サビチェヴィッチ(Dejan Savićević)
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93年にフリットから10番を引き継いだ。95-96シーズンから選手の背番号固定制度が設けられ、サビチェビッチは10番の象徴的な存在となった。

ズボニミール・ボバン(Zvonimir Boban)
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91年にACミランに加入。98年からサビチェビッチから10番を引き継いだ。(旧ユーゴスラビア→クロアチア代表)世界レベルの技術と共に最高のキャプテンシーを持つクロアチアの英雄。闘争心あふれるファイターで、国際的な正義のヒーロー『怪傑ゾロ』にちなみ、“ゾロ・ズボーネ”と称されました。

マヌエル・ルイ・コスタ(Rui Manuel César Costa)
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01年から10番を背負ったポルトガル代表。03年にはユヴェントスを破ってのチャンピオンズリーグ制覇にも貢献。

クラレンス・セードルフ(Clarence Clyde Seedorf)
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06年からブラジルの名門ボタフォゴに移籍する12年まで栄10番を身に付けた元オランダ代表。02年からミランに所属していたが、ルイ・コスタの移籍後に10番を引き継いだ。史上初めて異なる3つのクラブでチャンピオンズリーグを勝ちとった選手。

ケビン=プリンス・ボアテング(Kevin-Prince Boateng)
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12-13シーズン。ガーナ代表の攻撃的MF。2010南アフリカワールドカップで頭角を現すと、同年にミランに移籍。ドイツ代表のジェローム・ボアテングは異母兄弟。

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